ICSCRM2024 会議報告
2024年9月29日~10月4日に米国ノースカロライナ州ローリーに於いて2024 International Conference on Silicon Carbide and Related Materials (ICSCRM 2024)が開催された。参加人数は開催国の米国が802名と多かった影響で2023年の1250名から大幅増の1728名に上り、例年にも増して大変盛況な会議となった。2番目以降は日本202名、ドイツ143名、韓国90名の順で、中国からはビザの影響があったのか56名と少なく、今年ドイツで開催されたISPSDでのような存在感はなかった。企業展示も152件と恐らく過去最多で展示会場はさながら大規模展示会のような雰囲気で、業界全体としての盛り上がりが感じられた。
論文投稿は総数390件に対し日本が最多の81件で、また採択率も全体平均の86%に対し日本は97%と非常に高く、更に地域別発表件数グラフのように公的機関、企業を問わず招待講演とオーラル発表の比率も高く、この分野における日本の優れた基礎研究力が示された。TPECからも招待講演2件とオーラル6件を発表し、特に高い研究レベルだったと言える。一方で講演会全体では、オーラルセッションが全日程でウエハ系とデバイス系に分かれたパラレルセッションで構成されたため、オーラル発表のスロット数が非常に多くポスター発表とのボーダーラインが不明確な印象のセッションもあった。会議の規模が拡大してきたところで、質向上のために採択率を下げるなど検討のタイミングかもしれない。
本会議の注目トピックを分野別に見ていく。デバイス/プロセス関連は、まずはSoitecが”Engineered Substrate”と呼ぶ、貼り合わせ基板であろう。Soitecから共著含む10件、TPECから招待ポスターなど3件の報告があり、両グループからMOSFETの内蔵ダイオードについて、貼り合わせ基板上では順方向劣化耐性および逆回復特性が優れることなどが紹介された。SoitecはSTMicroelectronicsとの共著が多く、製品デバイスへの適用検討がかなり進んでいる印象だった。また、プロトンイオン注入による順方向劣化抑制効果について、日本の大学、企業から続報や追試の報告がなされた。貼り合わせウエハ上と類似した内蔵ダイオード特性が示されたことで、共通のプロセスであるプロトンイオン注入の効果が多面的に確認された形となった。ゲート酸化プロセスについては、京都大学が開発した”Oxidation-minimizing process”の追試が複数機関から報告され、水素エッチによる表面処理後のシリコンパッシベーションの有効性が示された。スーパージャンクションについては、インダストリアルセッションでSTMicroelectronicsから断面SEM写真が示され製品化間近の印象で、トレンチ埋め戻しエピや製造コストとバランスするカラム設計など、プロセスコストの低減に向けた取り組みが目立った。また、GEからは超高エネルギーイオン注入を使った4.5 kV SJ-MOSFETの試作実証が報告された。その他、デバイスの新構造や新規応用に関する報告は少なく、特に高耐圧デバイスの発表はオーラルでは1件のみだった。一方で、宇宙用など耐放射線デバイス関連が年々目立ってきており、今回のプレナリーではWolfspeedから宇宙用MOSFETの開発状況が紹介され、TPECからも2件オーラル発表を行った。
バルク結晶/加工技術関連では、次回ICSCRM2025の開催国である韓国勢によるPVTプロセスの研究発表が目立った。CVD法で作製した緻密高純度SiC原料を用いた高速PVT成長に関する発表がなされ、2.5mm/hを超えた高速成長を達成しており、多形制御やCインクルージョン等のマクロ欠陥発生には課題を抱えつつも高温CVD法を凌駕する成長速度を実現している。招待講演ではErlangen大からPVT成長歩留まりに着目した発表がなされた。企業展示ブースでは数多くのウエハメーカが8インチ基板の展示を行っており、PVT結晶育成技術の成熟を強く感じさせる学会であった。結晶開発の加工技術ではプラズマダイシング技術がBest Student Poster Awardを受賞するなど、高コストな加工技術に対して開発意識の高さも感じられた。一方で高温CVD法と溶液法に関する研究発表は日本からの数件のみであった。
エピ成長関連では今回、10 kV超をターゲットとした100μmを超える厚膜エピウエハの作製並びに厚膜成長における基底面転位の解析・低減技術に関して二つのテクニカルセッションが設けられ技術的な注目が集まっていた。その中の招待講演ではレゾナックより次のターゲットが10 kVを超える厚膜であること、そのためには新しいBuffer層の導入が必要との話があった。一方でEngineered Substrate (貼り合わせウエハ)上のエピ成長並びに関連する報告が多数あり、それだけでテクニカルセッションが一つ作られていた。特にドイツのAIXTRONやシンガポールのA*Starが精力的に取り組んでおり、ICSCRM2022の頃に比べるとEngineered Substrate上のエピ成長技術は大きく進展しており、昇華法基板上のそれと遜色がないか場合によっては凌駕するレベルにまで達している。また、それに関連した評価もSOITECを中心に大きく進んでいる。基礎的なところではリンチョピン大学よりピラー構造を形成した基板を使うことで横方向成長を促進、これによりエピ成長時も貫通らせん転位、並びに貫通刃状転位を低減できるという報告があり、注視していく必要がある。
計測/評価関連では、ウエハ、デバイス、モジュールいずれも多くの報告があり、特にSiCウエハ品質に関しては計20件の口頭発表があった。結晶欠陥の1つである積層欠陥複合体(通称キャロット)がデバイスキラーとして影響する可能性が高いことから、当該欠陥に関する物理解析やデバイス特性への影響調査に関する報告が目立った。また、バイポーラ通電ウエハ原因となるBPDの影響を抑制する手段としてプロトン注入や貼ウエハウェハを活用した報告が多数あり、両者を組み合わせることで通電劣化を生じないSiCパワーデバイスの実現が期待される。MOS界面に関しては計13件の口頭発表があり、特に閾値変動や高温逆バイアスなどの長期信頼性に関する報告が目立った。また、SiCモジュールのパワーサイクル試験などは製品レベルでの評価が実施されており、SiC製品の社会実装が順調に進んでいることを示唆している。
ICSCRMはSiC基礎研究の成果発信の場として、毎年日本が多数の優れた発表を行って存在感を示してきた学会であり、今回もその地位は変わっていないと感じた。一方で、応用となるパワーデバイスの国際会議ISPSDに目を向けると、近年では中国が過半数を占め日本の存在感は低下傾向に見える。これは即ち基礎研究と応用研究に乖離があり一貫性が足りないとも解釈できる。TPECは企業の事業化を前提とした本格研究を基礎から応用に至る一貫研究体制で推進することを信条としており、活動の重要性が一層増している。